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Transcription
- :
- その日の夕方、三安の会長室
- ???:
失礼します。
- ジソク:
あぁ、ようこそ。
- ジソク:
お噂はかねがね。
- ジソク:
<三安産業>のキム・ジソクです。
- :
- ジソクはそう言って口元に笑みを浮かべながら手を差し出した。
- :
- 握手を求められた相手はジソクの手をじっと見つめる。
- :
- 依然として、ジソクの手には生傷が絶えなかった。
- ???:
あの三安産業のトップが私のことをご存知とは……
- ???:
はははは……!光栄です……
- ???:
改めてご挨拶を……
- ???:
軍事企業〈ブラックリバー〉代表、
- アンヘル・
リオボロス:
“アンヘル・リオボロス”です。
- :
アンヘルはまだ乾ききっていない傷だらけの手を握る代わりに
ジソクの肩を軽く引き寄せてハグをした。 - ジソク:
光栄だなんてとんでもないです。
- ジソク:
今や軍需産業のトップの座に輝いておられるブラックリバーの代表が、
こうして足を運んでくださったのですから…こちらの方こそ光栄というもの。 - ジソク:
あの“マゴ・インターナショナル”が何故軍事分野に進出したのかも
気になっていたのです。 - アンヘル・
リオボロス:
…ほぉ?なるほど……これはまた油断ならないお方のようですね?
- アンヘル・
リオボロス:
ですが、そんなに持ち上げなくても大丈夫ですよ。
- アンヘル・
リオボロス:
気を楽にして、どうぞ対等に話しましょう。
- アンヘル・
リオボロス:
私も色々と汚い世界にいましたから……
- アンヘル・
リオボロス:
持ち上げられたくらいでは機密情報を喋ったりしませんよ。
- ジソク:
ははは……これは失礼しました。
- アンヘル・
リオボロス:
あ……その……
- ジソク:
…?
- アンヘル・
リオボロス:
アダム・ジョーンズ氏の妹さんの話は聞いています。
- アンヘル・
リオボロス:
本当に残念です。
- :
- その言葉と同時にジソクの表情は禍々しく歪んだ。
- ジソク:
……っ。
- ジソク:
私はビジネスの場ではプライベートな話はしないものでして…
- ジソク:
早速、本題の方に移りましょう。
- アンヘル・
リオボロス:
わかりました。
- アンヘル・
リオボロス:
では、ケインのデータを確認させていただけますか?
- :
- ジソクは“プロジェクト・ケイン”のデータが保管されているハードディスクを
アンヘルに渡した。 - ジソク:
こちらです。どうぞご覧ください。
- アンヘル・
リオボロス:
……正直、拍子抜けですね。
- ジソク:
…?
- アンヘル・
リオボロス:
こんな機密情報を簡単に出されるとは思っていませんでした。
- アンヘル・
リオボロス:
想像以上にクールな方ですね。あなたは。
- ジソク:
ハハハ、そう言っていただけるとは光栄です。
- アンヘル・
リオボロス:
ただ…
- アンヘル・
リオボロス:
あなたの人柄だけで即決できるような金額ではないので…
- アンヘル・
リオボロス:
一つ確認させてください……
- アンヘル・
リオボロス:
バイオロイドという存在は今、間違いなく三安を世界の頂点へと
押し上げているファクターだ。 - アンヘル・
リオボロス:
たとえ廃棄されるものだったとしても、こんなに簡単に売り渡す理由が
分らないんですよ。 - アンヘル・
リオボロス:
我々ブラックリバーはこれを土台に三安に匹敵する製品を作ります。
- アンヘル・
リオボロス:
そして、市場には三安にくらべて低価格なコピー品が溢れることになり……
- アンヘル・
リオボロス:
世界的に注目されている三安の製品に対する認識も、
- アンヘル・
リオボロス:
一瞬にして、“どの企業も金さえ出せば模倣できる工業製品”に変化するでしょう。
- アンヘル・
リオボロス:
そう考えると…
- アンヘル・
リオボロス:
三安が我々に要求した数億ドルの金も……はした金に見えてくる。
- アンヘル・
リオボロス:
特に金に困っているわけでもなく、恐らくこれまでの人生の大半をかけて
完成させた核心技術を…… - アンヘル・
リオボロス:
他でもない私に売る理由は一体何なのです?
- ジソク:
……
- ジソク:
ははは……大した理由ではありません。
- ジソク:
ご存知のように、現在バイオロイドの注文は上流階級からの
オーダーメイドが大半を占めている。 - ジソク:
すでに“ラビアタプロトタイプ”を発表してから、この短い期間で注文数は
爆発的に増加しました。 - ジソク:
このケインは、“エヴァプロトタイプの男性バージョン”といった程度のもので…
- ジソク:
まだ人間のDNAが材料として必要であることが指摘されるでしょう。
- ジソク:
それなら時間がかかってでもしっかりと発展した商品を発表した方が、
大衆にも投資家にも納得して三安の製品を選択して頂ける。 - ジソク:
そういう判断をしただけです。
- ジソク:
今後どうなるかはわかりませんが…
- ジソク:
今のところ、三安は正式な軍用モデルは検討していませんし…
- ジソク:
ケインモデルはアップグレード前の技術を使っていて、
ハッキリ言って使いどころがありません。 - ジソク:
結論として、企業のトップなどの上流層が主な顧客である三安は
このプロジェクトの棄却を決定しましたが…… - ジソク:
御社のような軍需企業であれば特に憂慮する点はないと
判断しました。 - アンヘル・
リオボロス:
……
- アンヘル・
リオボロス:
そういうことですか。
- アンヘル・
リオボロス:
これは別の話ですが……
- アンヘル・
リオボロス:
誠実にお答えいただいたお礼に情報を一つ……
- ジソク:
……?
- アンヘル・
リオボロス:
最近、反バイオロイド勢力が社会の中で立場を大きくしていて、
反企業の動きが活発化しています。 - アンヘル・
リオボロス:
そういった世論の力に押されてか…
- アンヘル・
リオボロス:
アメリカ政府を主軸として世界的にバイオロイド規制の流れが強まっています。
- ジソク:
…知っていますとも。
- アンヘル・
リオボロス:
これについてはどのように対応するつもりで?
- ジソク:
……そうですね。
- ジソク:
最近は大衆のイメージを考えていくためにマスコミには積極的に
顔を出すようにしています。 - ジソク:
が……
- アンヘル・
リオボロス:
…?
- ジソク:
確固たる顧客がおられる御社に……
- ジソク:
あえてその策をお話しする必要もなさそうに感じますが?
- アンヘル・
リオボロス:
……
- アンヘル・
リオボロス:
…確かに…そうですね。
- アンヘル・
リオボロス:
これは私が失礼いたしました。
- アンヘル・
リオボロス:
では、私はこれで失礼します。やることが増えてしまいましたからね。
- :
- アンヘルはそう言って豪快に笑い、東洋式のお辞儀を見せて部屋を後にした。
- ジソク:
……
- ジソク:
(タヌキめ……)
- ジソク:
(お前たちブラックリバーも三安を牽制するために裏で動いていること……)
- ジソク:
(私が知らないとでも思っているのか?)
- ジソク:
(アンヘル…覚えておけ)
- ジソク:
(お前たちのその強欲がいつか自身の破滅を呼ぶだろう……)